愉快な電子認証
その2 PKIで作るP2P型の電子地域通貨
■贈与の一撃
生命現象の本質はリズムだという説があります.
心臓の鼓動や脳波の停止が死を意味するように,リズムの存在は生きているか死んでいるかということを区別する大きな手がかりになります.
「贈与の一撃」とは,コミュニティの新しいメンバーに無償の贈り物を贈ることで一種の心理的な負債を与えることです.
この新しいメンバーは,その心理的負債へのお返しを通して,コミュニティの中に波紋のように広がっている贈与の連鎖のリズムに共鳴することになります.贈与の一撃は,コミュニティというひとつの生命体の鼓動をより力強く活き活きとしたものにするための人類の知恵です.
では,あなたが贈り物を受け取ったらどうするでしょうか?
同じものを返すなんて失礼ですよね.たぶん自分だけが贈ることができるもの,贈る相手が一番喜ぶものを贈るでしょう.
「贈り物」の意味を拡大して解釈してみると,コミュニティの中で自分が誰かに貢献できる仕事や役割を持つことは,なんだかんだ言っても喜びです.「贈り物」をするこの喜びの感覚は,物々交換の経済からオープンソースの活動にまで共通するものだと思います.
ただし,自分が贈ることができるものと,贈る相手が喜ぶものが直接マッチしていることは稀です.物々交換の経済で,たまたま出会った二人の取引が成立する確率はすごく低かったと思います.そこで登場したのが「お金」です.
お金は,自分が贈れるものと贈る相手が喜ぶものとのマッチングの悩みを一気に解決してくれます.ああ,お金って素敵.
でも,お金が介在することで無償の贈り物をするときのあの「喜びの感覚」を失ってしまったことにも気づきます.
「贈与の負債」はコミュニティの生命のリズムを生み出す源泉でしたが,「お金の負債」は時間とともに雪だるま式に増えつづける恐怖でしかありませんよね.
また前置きが長くなってしまいましたが,今回のテーマは,「電子認証を使ったお金の作り方」です.
お金と言っても,普段使っている法定通貨ではなくて「地域通貨」と呼ばれるちょと違ったお金です.
地域通貨は,コミュニティに生命の活力を与え,それぞれの人が提供する「贈り物」をそれを一番喜んでくれる人のところまで運んでくれるお金だと言うことができます.
前回の記事では,「今年こそPKI元年」と言われ続けながらなかなかブレークしないPKIが,世の中に普及して社会インフラになるためには,使って感動する愉快な電子認証のキラーアプリが必要だということを書きました.今回は「電子地域通貨をPKIのキラーアプリにしよう」というのが目的で,PKIを使った電子地域通貨の具体的な作り方にいて解説します.
実は,まだまだ実験している段階なので,かなり緊張しながら書いていますが,どうか最後までおつきあいください.
■地域通貨
僕も地域通貨を勉強している途上にある人間なので,あまり偉そうなことは書けませんが,まず地域通貨について僕が理解している範囲で説明してみます.では,まず最初に「地域通貨のキモチ」の部分を説明してみようと思います.
●ゼロサムゲームとノンゼロサムゲーム
長く続く戦争の中には,意外にのどかな時間が流れている時期があるそうです.
たとえば,第2次世界大戦の最前線で,ドイツ軍の兵士と連合軍の兵士が戦いの合間に酒場で共にビールを飲み交わす光景は珍しいものではなかったそうです.たまに予定外の砲撃なんかがあると「危ないじゃないか」「すまんすまん」という感じ.
でも,何年も続く長い戦いの最前線で対峙する兵士の立場になってみると,「日常生活としての戦争」の中で自分の命を守るために敵と友好関係を持つことは理にかなっています.
例えば,もしある部隊だけがまじめに敵に甚大な損害を与えるような砲撃をしたとします.そうすると,おそらくその仕返しとしてその部隊だけが集中攻撃を浴びせられることになるでしょう.それでその部隊は全滅してしまうかもしれません.
ゲーム理論の「ゼロサムゲーム」とは,敵の利益は自分の損失,勝つか負けるかの決着がはっきりつくゲームのことです.僕たちが普通に「ゲーム」と呼んでいるものは大抵がこのゼロサムゲームですが,ゼロサムでないゲームがあります.その典型例は,ずっといつまでも終わらないゲーム,あるいは終わりが見えないゲームです.このようなゲームを「ノンゼロサムゲーム」と言います.
ノンゼロサムゲームでは,プレーヤーが互いに協力することが相互のメリットになりえます.
いろいろなシミュレーションの結果,こういうノンゼロサムゲームでは,「やられたときだけやり返す」という「オウム返しルール」に則って行動するのが一番合理的だということがわかっています.
第2次世界大戦の最前線の兵士の間の友好と報復は,まさにこの「オウム返しルール」に基づく合理的な行動だと言うことができます.
戦争が最も凄惨になるのは戦争の決着がつく最後の局面です.
第2次世界大戦の終盤ではこういうバランスが壊れ,本気で勝敗を決定づけるための容赦の無い死闘になっていきます.
終わりが見えた時点で,戦争はゼロサムゲームになるからです.
●グローバルマネーの矛盾
経済活動は生存競争の世界だと言われます.僕もその通りだと思います.
でも,生活の糧を得るための日々の経済活動はできるだけ「長く続くゲーム」になる方がみんなの幸せになるのではという気もしませんか?
いま,経済のグローバル化の波は,全世界のどんな地方の経済にも押し寄せ過酷な競争にさらされています.
そして勝敗の行方が目に見えている経済はゼロサムゲームになります.
生存競争だから仕方ないことですが,でもその勝敗を決めている決定的な要因はお金の力です.
たとえば,ある人が農場経営を思い立って借金をして,一生懸命に農地を開墾し,努力して良い作物を育て,出荷したとします.でも,それでも作物の売り上げで得たお金が借りたお金+金利よりも少ないと赤字になってしまいます.そしてこの人はさらにもっとお金を借りることになってしまうでしょう.つまり事業を始めたときよりももっと貧乏になってしまうのです.
これはごく当たり前のことにも思えますが,でもよく考えると,この事業家はきっちり工夫して生産活動をしていてます.しかも農地や作物という価値や富を生み出していますよね.
それに比べるとと言っては悪いですが,お金を貸した人はただ持っていたお金を運用しただけです.
なのに何でお金を持っている人は価値や富を吸い上げてもっと豊かになるのに,ちゃんと価値や富を生産している人はもっと貧乏になるんでしょう.何かおかしいと思いませんか?
もちろん,経済活動にお金は不可欠なものです.
でも,高度な金融工学などを駆使して巨額のお金を運用して「利益」をあげている人たちがグローバル経済での一方的な勝利者になるというゼロサムゲームの進行は深刻な状態になってきていると思います.
グローバルマネーを動かしている世界の金融センターをテロ攻撃するのではなく,「お金って何?」ということを真剣に考えないといけない時期にきているのではないでしょうか.
地域通貨がこういう現実を変える魔法の仕組みだというわけではありませんが,多くの実践例から,情け容赦の無いグローバルマネーとはかなり違った世界を作る力を持っていると考えられています.
●地域通貨の例
抽象的な話はこれくらいにして実際の地域通貨の例を見てみましょう.
LETS (Local Exchange Trading System) は,1983年にカナダのバンクーバー島のコモックス・バレーのコートニーという小さな町から始まった地域通貨です.
この町の主要産業は空軍基地と木材加工だったのですが,1980年に空軍基地が移転してしまったうえに,時を同じくして木材加工工場も閉鎖されてしまったために失業者が町にあふれてしまいました.
そしてその後の公的援助に頼った経済も大失敗でした.
投入されたお金は結局は地域で循環することなくこの地域から外に流れ出ていきました.
これは,いまの公共事業頼りの日本の地方の経済と同じですね.
公的資金をいくら投入しても,地域の産業そのものが力を失っていればお金は地域の中で環流せずに結局は流出してしまいます.
このような危機的な状況下で,マイケル・リントンという人が考えたのがLETSでした.
・LETSへの参加
LETSは登録した会員どうしが地域通貨を使ってものやサービスを取引するシステムです.
紙幣やコインのようなものは存在せず,会員の口座の中で振替のような形で決済が行われます.
(1)入会すると通帳が渡されます通帳残高は0から始まります.
(2)自分が提供できるモノやサービスを事務局に通知し,事務局はその情報を会員に公開します.
(3)それを見た会員が連絡をします.
(4)会員間で取引が成立すると,その結果が当事者の会員の口座に反映されます.
これって,「Napstar型のP2P型システムじゃないか!」って思った方がいらっしゃると思います.
僕もそう思いましたこのP2P型システムのことについてはあとで触れます.
・お金は必要に応じて会員によって発行される
モノやサービスの価格は当事者間で決められ,お金の流れについて事務局は全く管理しません.
お金は,取引の決済に必要な額が会員によって発行されます.
LETSのバリエーションの中には,1人あたりの負債額の上限を制限するものもありますが,一般には無制限です.
通貨発行は事務局が決めるのではなくて,当事者の必要と信用によって作り出されます.
・誰でも負債が持てる.
普通の金融の世界では,ある程度信用がある人でなければ負債を持つこと,つまりお金を借りることはできません.
でも,LETSシステムなどの地域通貨では,誰でも負債を持つことができます.
じゃあ,負債を返さない(返せない)人が出てくるんじゃないかと心配になると思います.
確かにそれは問題なのですが,「このコミュニティに属しているおかげでこんなにいろいろなものやサービスを提供してもらったので,これからもこのコミュニティに属し続けるにはお返しをしなきゃね」という心理が働きます.
つまり地域通貨の負債は「贈与の一撃」なのです.地域通貨では負債は,必ずしもネガティブなものではなく,コミュニティにダイナミックな活力を与える源泉でもあるのです.
・ゼロサムゲームでない
LETSでは、誰かがお金を稼ぐと誰かの負債が増えます.つまり、コミュニティ全体の通帳の残高の総合計はゼロになります.この事実から「LETSはゼロサムゲームだ」と誤解されることがありますが、そうではありません.むしろ、参加者の通帳の残高がプラスとマイナスをリズミカルに繰り返す状態を維持する、ノンゼロサムゲームにすることががLETSの運用を成功させる鍵だとも言えます.このリズムは、コミュニティの命の鼓動であり、血液の循環のようなコミュニティの経済活動の循環を生み出す源泉になります。
・利子が無い
提供できるモノやサービスには個人差がありますから,当然,負債がすごく増える人もでてきますが,それが「悲惨な状態を生まない」というのが地域通貨の重要なポイントです.
LETSの「お金」には利子がありません.負債が利子によって雪だるま式に増加することが無いので,安心して負債を抱えることができます.
・誰もが「企業家」の顔を持つ
入会時に自分が提供できるモノやサービスを登録しますが,負債を持つと,今度は自分はどういうサービスやモノが提供できるのかということを真剣に考えるようになります.
例えば,いつも介護を受けている寝たきりの老人でも,電話番やモーニングコールのようなビジネスで「通貨」を稼ぐことができることを知ることで,コミュニティへの参加し役立つ存在になっている感じがわくのだそうです.
つまり,どんな人でも一方的な消費者になるのではなくそれぞれ自分のビジネスを持った「企業家」としての顔を持つようになるということです.
●地域通貨の循環モデル
次に,地域通貨の原理の説明をしてみましょう.
まず,地域通貨が,それぞれの個人が提供できる個性のある「贈り物=モノ/サービス」をどのようにしてそれを一番喜んでくれる人のところにまで運ぶのかということについて説明します.
まず,基本的な概念から説明しておきましょう.
・決済とは
何かを買うとお金をはらう.あたりまえのことですが,これを「決済」と言います.
決済とは,「商品」の取引に「完全に決着をつける」ことです.
貨幣は,決済の手段ですが,決済の手段は貨幣だけではありません.
貨幣の他にも決済の手段はいろいろあります.例えば,銀行の口座から口座へお金を振り込むことなどでも立派に決済になります.
・物々交換による決済
たまたま出会った二人が持っているモノやサービスがお互いに相手が必要としているものとぴったりとマッチした場合,物々交換をするだけですから決済にお金は不要です.

しかし,なかなかこういう幸運が起こることは難しいでしょう.そのうえ,モノやサービスには,モノの鮮度やサービスを提供するタイミングなども関係しますから,こういう交換が実際にうまくいく確率はさらに少ないでしょう.
・モノやサービスの提供主体による通貨発行と決済
何かモノやサービスを提供できる人が「この券とひきかえに私はこういうサービスをします」と書いた券を発行することがあります.
子供の「肩たたき券」なんかもそうですね.郵便切手なども,原理的には「肩たたき券」と似たようなサービス引換券とみることができます.
ボランティア団体が,「50年後にあなたに介護サービスをします」という券を若者の老人介護ボランティア作業をした人に支払うというのも同じです.
「肩たたき券」は,それと引き替えに実際に肩たたきサービスを受けられるならば,立派に決済の手段になっています.
ということは,ものすごく大げさにいうと,肩たたき券を発行した子供は,日本銀行などと同じような通貨発行をする「中央銀行」の役割を果たしたということができます.
郵便局(本当は総務省なんでしょうね)が郵便切手を発行するのも中央銀行がお札を発行するのと基本的にそっくりです.
郵便切手と引き替えに「郵便配達」というサービスが提供されるということは,郵便切手による決済だということが可能です.
郵便切手が日本銀行券と違うのは,郵便切手は使える用途が「郵便配達サービス」だけに決まっているということと,お札は一つの決済が終わったたあともずっと次の決済手段として転々と流通しながら使えるのに,郵便切手の方は1回のサービスが行われると,消印によって切手を無効化してしまうことです.
郵便切手の消印を押すなどの無効化行う決済のことを今後は「清算」と呼ぶことにします.

・「サービス引き替え券」を決済通貨として利用する
郵便切手は普通は郵便配達サービスにしか使えませんが,郵便切手を「日本銀行券」のように郵送サービス以外の決済に使用できる場合もあります.
例えば,何かの手数料として「X円分の郵便切手をご同封の上お申し込みください」みたいな案内がよくありますが,こういう使い方をすると郵便切手も郵便配達サービスに限定されないモノやサービスの決済手段になります.
こういう考え方を拡張すると,「サービス引き替え券」のようなものだって通貨のように扱えるということに気がつきます.
そういえば,日本銀行券だってもともとは金との交換券みたいなものでしたね.
ただし,子供の肩たたき券と郵便切手では,人気や信頼度が違うので,通貨としての流通できる範囲は違ってくるでしょうが.
これを図3にそってもう少し具体的に説明してみましょう.
(1)まずAさんとBさんが取引をしたとします.
ところが,Aさんは,Bさんのサービスを欲しいと思ったのですが,BさんはAさんのサービスをすぐに欲しいとは思わなかったとします.このとき,物々交換はできないので,「お金」が必要になります.
そこで,Aさんは,自分が提供できるモノやサービスの引き替え券を「通貨」として発行しました.Bさんがこの「通貨=Aさんのサービス券」をBさんのサービスの対価として受け取ってくれれば,決済が成立します.
このとき,Bさんの商品をA さんがお金で購入したということになるので,Bさんが「お店」でAさんが「お客」という立場になります.
(2)次に,BさんとCさんの取引がおきました.
今度は,Bさんがお客でCさんがお店という立場になったとします.
このとき,Bさんは,自分で通貨を発行して決済に使っても良いのですが,BさんはすでにAさんが発行した「Aさんのサービス券」を持っているので,これを先に使用するというのは合理的でしょう.
もちろん,このときも,CさんがAさん発行の「Aさんのサービス券」を受け入れてくれるということが前提になります.
(3)この(2)と同じように「Aさんのサービス券」が通貨として決済に使用されます.その後もこれと同じことが繰り返され,「Aさんのサービス券」の所有者は転々と移ってていきます.
(4) Dさんは,Aさんのサービスが欲しい人です.
Dさんは,「Aさんのサービス券」を手に入れると,それを使って喜んでAさんのサービスを受けます.
Aさんは,Dさんにサービスの提供を行うのと引き替えにDさんから「Aさんのサービス券」を回収して「清算」します.

・ヤップ島の石貨の使い方
僕が良く行く福岡市の百道浜にある中央図書館のそばの遊歩道に巨大なヤップ島の石貨の本物がでんと置いてあります.
「お金を道ばたに置いておいて,盗まれたらどうするのか」と思われるかもしれませんが,この石のお金はでっかくて重くって,とても簡単に運べるようなものではありません.
この石のお金の表面をよく見ると,何か削ったあとが規則的に並んでいました.どうもこのお金の歴代の所有者の名前を書いた跡みたいです.
かねがね「こんな重たいお金をどうやって使ったんだろう?」と疑問に思っていましたが,それを見て,「なるほど,お金を運ぶ代わりにお金自体に所有者の名前を彫っていたのか」と納得しました.
もちろん,この説が本当かどうか真偽のほどはわかりませんが,この「決済の度に新しい所有者の名前を刻印する」という通貨の流通の方法は,僕たちの電子署名を使った電子地域通貨の基本的なアイデアになっています.

■提案する電子地域通貨システム
ではいよいよ,システム的な視点から,私たちが提案する電子地域通貨の仕組みについて説明します.
●P2P型ネットワークシステム
P2P(Peer to Peer)型ネットワークシステムとは,全ての端末(Peer)がサーバーにもクライアントにもなれるというネットワークシステムです.
P2P型ネットワークシステムは,サーバーによってサービスをするというよりは,沢山のPeerが集まったネットワーク全体でサービスを提供するシステムだという方が適切です.
このP2P型のネットワークシステムと地域通貨は,「サーバー=生産者」「クライアント=消費者」という対応付けをしてみるとたいへん良く似ています.
P2P型ネットワークシステムは,決して特殊なものではありません.例えば,IRCなどをP2P型ネットワークシステムと呼ぶことも不可能ではありません.
この記事で提案する私たちのシステムは,普通のS/MIME対応の電子メールシステムをベースにP2P型ネットワークシステムを構成しています.
この連載の第1回で,S/MIME対応の電子メールソフトとして,すでに私たちの身近にあることを説明しましたが,ここで提案する電子地域通貨システムは,利用者環境としては,普通のS/MIME対応の電子メールソフトだけもっていればよいので,すぐに試してみることができます.
●参加者のビジネスディレクトリ
出会いはとても大切です.
偶然に出会った二人がお互いにぴったりの条件で取引ができる確率はとても小さいですが,インターネットを使って情報を公開するサービスがあれば良い出会いの確率をぐっと引き上げることができます.
私たちの地域通貨システムは,参加者全員が自分が提供できるモノやサービスを公開できるディレクトリを持ちます.このディレクトリは参加者のビジネスの宣伝に使うこともできますが,発行された通貨のデータの中にこのディレクトリの情報へのリンクを入れることで,その通貨の本来のサービスがいつでも確認できるようになります.これは通貨そのものが発行者のビジネスの宣伝にもなっているということもできます.
また,このビジネスディレクトリとリンクして参加者のディレクトリもあります.
参加者のディレクトリには,ビジネスを登録している人への連絡方法などの情報が登録されます.
またPKIのデジタル証明書などの情報も参加者のディレクトリに登録します.これによって,任意の取引相手の確実な本人確認や電子署名の検証を行うことが可能になります.

●所有者の移動履歴の刻印
デジタルデータで通貨を作るときに問題となるのが,多重使用です.
デジタルデータは,紙やコインなどと違って,いくらでも簡単にコピーできてしまうので,1つの「貨幣データ」を複数の決済に使うという不正が起こる可能性があります.このため,デジタルデータの通貨の所有者がその「貨幣データ」を1回の決済にしか使えないようにする手段が必要になります.
私たちはその解決手段として,「貨幣データ」そのものにそれを使った人の名前を刻印していくというやり方を考案しました.
仕組みは簡単です.「貨幣データ」が決済に使用されるたびに,新しい持ち主の公開鍵での暗号化と元の持ち主の秘密鍵による電子署名を付けていくという方法です.

●電子地域通貨のライフサイクル
私たちの電子地域通貨の発行から清算までの「一生」は,次の図7のようになります.

(1) 発行
Aさんが,自分のサービス内容の説明を登録したビジネスディレクトリへのURLや発行番号などの情報を含んだ「Aさんの通貨」の「貨幣データ」を発行します.
実際のシステムでは,簡単に一定の形式の「貨幣データ」を作成する「通貨発行ツール」を用います.
(2決済
Aさんが発行したこの通貨をBさんの取引での決済に使う場合,Aさんは,この「貨幣データ」をBさんに送ります.そのとき,この「貨幣データ」にはAさんからBさんへ渡されたという情報が記録されたうえでAさんの秘密鍵を使って電子署名を付け,さらにBさんの公開鍵を使って暗号化して,Bさん以外の人には「貨幣データ」を取り出せないようにします.
これらの処理は,S/MIME対応の電子メールソフトを使うと簡単に実現できます.
(3),(4)決済の連鎖
BさんがCさんとの間の取引でこのAさん発行通貨を使用する場合,Aさんから受け取ったデータを自分の秘密鍵を使って復号化したうえで,今度はBさんの秘密鍵で電子署名を付け,Cさんの公開鍵で暗号化してCさんに送ります.
この後も,Aさん発行の通貨を受け入れてくれる当事者の間で決済が行われるたびに(3) と同じことが繰り返されます.このとき,受け取ったデータそのものは変更を加えません.というか,電子署名付きデータですから変更することはできないのです.そのため,所有者の移動のデータは入れ子の形で外から封筒に包むように追加されいきます.
(5)清算
Aさん発行の通貨を受け取ったDさんが,そのサービス内容を見て欲しいと思った場合,Aさんへアクセスしてこの通貨と引き替えにサービスを受け,これでこの通貨の精算が完了します.
もしこの通貨の流通の過程で,もしCさんがこの通貨を複数の決済に使うという不正を行ったとします.そうすると,最終的なAさんでの清算のときに,発行番号によって多重使用がわかります.またさらに,所有者の履歴を調べることによって誰が不正を行ったのかということも完全に追跡できます.
これらは,PKIに基づいた電子認証を基盤にしていますから,不正を行ったのがどこの誰であるかというところまで特定することができるです.
●まだまだ不完全なところ
このような電子署名付きデータで表現された「貨幣データ」は,現実世界の紙幣や硬貨などと同じように分割や結合はできません.1万円札は1万円としてしか使用することができず,これを1000円のものを購入するときの決済に使うことはできず,両替をするかおつりを貰う必要があるのと同じです.
そういう場合に備えて,最初からあまり高額な「貨幣データ」を発行しないで,比較的少額の「貨幣データ」を複数個発行して決済に使用するとか,お釣りをもらうといったことをする必要があります.実際の利用では,このあたりが少し面倒かもしれません.こういうことをもっと便利にする方法は,今後の課題です.やっぱり便利でないと使ってもらえませんからね.
■おわりに
今回は,「誰と誰の取引か」ということがはっきりとわかる証拠をPKIを用いた電子署名付きデータとして残すことによって,電子地域通貨が作れるということを説明しました.
ここで提案した電子地域通貨システムの構築や実験はこれからですので,まだまだ問題点もあると思いますが,簡単に入手可能なS/MIME対応電子メールソフトとプライベートなPKIがあれば電子地域通貨システムが構築できることを示せたと思います.
私たちの団体 NPO法人電子認証局市民ネットワーク福岡(CACAnet Fukuoka) <http://www.cacanet.org/> では,このシステムを通して気軽に簡単に遊べる愉快な電子認証が体験できるように,これからシステムを作っていくつもりです.もしこのプロジェクトに共感してくださり,お手伝いいただける方,実験を一緒にやってみたいという方,ぜひご協力ください.
| この記事は、Ascii Linux Magazine 2002年8月号に掲載された記事を、株式会社アスキーのご好意によって掲載許可をいただいたものです。この場を借りて、株式会社アスキーに御礼申し上げます。 |