山崎のキックオフに続ける形で「自己紹介の代わりに」を書いたわけで、さ てこれで本論突入か、と期待するでしょう(って、期待してないか?)が、も うすこし、山崎の書いた文章にコメントを付けておきたい。
「できるだけ本質をまっとうに語りたいというのが主旨です。(山崎)」 -- うん、確かにそう思っている。最近(2002年から2003年)、ハードウェアやOS の基本的な動作原理を解説している本が売れたりしている。編集者=書籍企画 担当者の寺田君とは、何度かそういうネタについて話したことがある。柳の下 で二匹目、三匹目のドジョーが狙えねえかなぁ、なんてさもしい話。山崎も別 の出版社から類似のテーマで執筆を依頼されたらしい。どこもかしこも、さも しさは同じだね。これって一種のブームなのかもしれないけれど、そんなブー ムが生じるってことは、コンピュータについて一度はキチンと理解したい、少 なくとも“理解した気分になりたい”という願望が巷に渦巻いている、いや、 まー、渦は巻いてないにしろ存在してるってことだろう。
ソフトウェア技術者になる準備であれ、単なるコンピュータユーザとしての 知的好奇心であれ、ハードウェアとOSにばかり精力を傾けるのもどうかとは思 うけれど(他にも大事なことはあるからね)、確かに基本部分、コアな知識っ てのは必要だ。そして、そのコアな知識は5年や10年じゃ、そうは変わ らない。10年前でも実際重要だったし、10年後でもまず間違いなく重要であり 続ける、それがコアがコアであるあかしだ。
雑談、暴論のなかに、10年後、いや20年後でも通用する話を首尾よくもぐり 込ませることができたらおなぐさみだ。僕ら(山崎・檜山)がコンピュータと それに関わる仕事に出会ってからでも20年くらいはたつ(山崎は20年以上だろ う、僕は業界デビューが遅かった)。当時、つまり20年前の資料なんて、日進 月歩(秒進分歩なんていう人もいる、悪い冗談だ)のこの業界では無意味なゴ ミクズかというと、そうでもない。黄色く変色してしまった古い本や、段ボー ル箱から発掘された雑誌の切り抜きなんかが、今でも価値があったり、なかに は刺激的なものさえある。
ドッグイヤーなんて言葉があったけど(今でも使っている?)、犬の時間は 犬が経験すればいい(犬の名誉のために言い添えておきますが、犬を貶めるつ もりは毛頭ない)。犬が20年生きるのは難しいから、たぶん彼らは「20年後も 通用する知識」を求めない。でも人間は、僕らのような年寄りでさえ、20年後 も生きている可能性がある。そして、今の学習や経験が20年後でもなにがしか の意味をもったらうれしい、とそう考える。1年で10年分のエネルギーを使い 果たしてしまったり(後は抜け殻じゃないのかな)、目が回るような経験をし て(目が回った後はたいてい倒れる)、なにかイイことある? そろそろヒュー マン・イヤーに戻ったほうがいいと思うよ。
「とにかく毎週書く(山崎)」 -- 毎週書かないとねぇ。いや、週刊のペー スじゃ不満な人がいるんだよね。誰? 彼。そう、寺田君。
「まー、やってもいいか」と返事をしてしまったもんだから、寺田君てば催 促がきついのよ。「2日で50ページお願いします」とか「来週までに100ページ 持ってきてください」とか、もうトンデモナイことをいう。そんなにガシガシ 書けるなら、僕、ライター専業でも食っていけるよ。
もっとも、なかには、筆一本(ていう言い方も今やレトロだけど)で食って いる人も実際いて、そういう人は月に200ページや300ページはホントに書く。 例えば、僕も寺田君も知っているT女史なんかがその例で、彼女なら単行本1冊 くらいは1月で楽勝。だーけど、僕はT女史みたいな生産力があるわけじゃない。
特に、首尾一貫したストーリーに仕立てるのは得意じゃない(いいのか、そ れで?)。座談向きなのかな。「あえて文体を統一して、通常の本のような形 にはしたくない。(檜山)」なんて言っているのも、統一的な体裁を持つ通常 の本に仕立てる能力と気力に欠けるから。つまり、寺田君の催促に多少なりで も応えるには、座談的な書き方しかないし、その方法なら、分量をかせげるか なー、と。いずれにしても、僕としては一番量産しやすいやり方を選んだつも り。寺田君、期待してなさい。いや、少しは期待していいぞ。うーんと、やっ ぱり、期待しすぎないように。そこんとこ(どこ?)よろしくね。