自己紹介の代わりに

檜山正幸
Mon May 19 2003

こんにちは、檜山です。まずは自己紹介‥‥ というのは止めておきましょう。 二十数年来の友人である山崎(僕もいつもの呼び方にします、ちなみにヤマザ キじゃなくてヤマサキですね、僕はヒヤマ)が相方となれば、お互いの過去を 暴露する/されるなんてことになりそうだし。そうじゃなくても、このエッセ イ(みたいなもの)は、“ぶっちゃけた”スタイルにしたいから、僕が「いか なる人間か」は、どうせ遠からずバレるでしょうしね。

第1段落の最初の文は「です」で終わっていたけど(ちょと上をみてごらん、 ほらね)、この第2段落からは、「です・ます」じゃなくて「だ・である」に する。これには、それなりの理由があるんだけど、その説明の前に、山崎と僕 以外に、もう一人、登場人物を紹介しておこう。それは寺田君。 日本実業出版社 という(僕はしばらく「実業の日本社」と区別がつかなかった)出版社の編集 者だ。

山崎のキックオフにもチラリと書いてあったけれど、Web上で二人でエッセイ を書こうという企画は、本の出版が前提になっている。さらにその背後に、寺田 君の存在があるわけ。彼は書籍編集者だから、「本を書いて」っていう話がつ きあいの始まり。もう2年くらいもたつだろうか、彼が初めて訪ねてきてから。 ほぼ毎月、律儀に通って来る(?)寺田君の依頼・懇願・説得・脅し・すかし も虚しく、僕は本を書く話にはまったく積極的でなかった。で、今回初めて 「んんーんっ、やってもいいかな」となった企画が、これなんだよ(「これ」ってどれだよ?)。

本の執筆に僕が色よい返事をしなかった理由を(寺田君もこれを読むことを 想定して)書いておこう -- 大変だから、儲からないから、つまんないから、 以上です -- 実に身も蓋もないね。山崎が僕を「プロのライター」と書いてい たけれども、一応それは事実。僕はここ20年くらい、雑誌やムックの原稿を書 いてきたし、今も商業雑誌の連載を2本やっている。だーけど、プロっていう のを「それで生活している」という意味だとすると、残念ながら僕はプロのラ イターになれない。原稿料はとてもじゃないが、かけた時間と手間に見合わな い。というわけで、ライティングで生活を支えることはとっても無理。

それでも雑誌の記事は1回数ページだから、勢いでなんとかなるし、たまに読 者からのフィードバックがあったりするから、趣味的に続けられる。だが、 200ページとか300ページのまとまった原稿を地道に書くなんて、とても僕には できそうにない。それで大儲けできるなら少しは動機になるけれど、今の出 版事情をかんがみると、執筆に時間をさけばさくほど“赤字”になりそう。 そういうわけで、本なんか書いてる場合じゃないのよ、寺田君。

えっ、なに? 今書いているコレは何かって? そうそう。それだよ。その話 をするのが今回の目的だったよ。話が進んでないな、こりゃ -- キックオフの 後のパス回しに手間取ってる感じだね(寺田君はサッカーがとっても好きなん だよね、だからサッカー言葉使ってみました)。

「ライティングで生活を支えることはとっても無理」なわけで、結局僕は、 ソフトウェアを作るお手伝いをする、というタイプの仕事でなんとかしのいで いる。で、いくつかのプロジェクトで感じたこと、経験したことを書き残して おいてもいいんじゃないか、と思ったわけさ。そういうまとまったものがある と、自分でも便利そうだし。と、そう思っていたとき、何の因果か、山崎が学 校の先生になるので、学生に何を伝えるか? とか思案している。んじゃ一緒 に、若者に説教たれてみるか(ってのはウソ、説教ができるほどのタマじゃな いもの、二人とも)ってことになったのよ。

「説教たれる」はもちろん冗談だけど、僕らくらい長いこと呼吸し続けてい ると、それなりに言いたいことも溜まったりしている。それが意味があるこ とか、役に立つのか、となると心許ないけど。とりあえず吐き出してみて、 (ごく少数だろうが)皆さんの反応をみてみましょう、と、そういうことです。

最後に、僕が「です・ます」じゃなくて「だ・である」にした理由(1つ前の 段落の最後は「です」だったりするけど)を言っておく。もし、この与太話が 書籍になったとしても、あえて文体を統一して、通常の本のような形にはした くない。対談というか、むしろブレーンストーミングか? ま、そんな感じ。 たがいに勝手なことを言っているが、たまに話がシンクロする、といっ た形。そんな形にしたい。だとすると、山崎と檜山のどっちが語っているか、即座にわかったほう がいいでしょう。シャベリのときに声で区別がつくように。それで、全然違っ た調子にしようと思って、こんなしゃべり方(書き方だけど)にした。

ところで(あっ、「最後に」って書いたのに最後になってなかった)、山崎 も檜山もいいオジサンなのに、日常的に一人称「ぼく」を使っている。これも 区別する意味で、檜山は意図的に「俺」にしようかとも思ったけど、 ちょと作り過ぎだし、 不自然で 書きにくい。よって、僕も「僕」。